ヤングマンさあ飛び出そうぜ
トーゴを出国し、歩いてすぐの入国側イミグレーションへ。到着するなりすぐさま耳なじみのある言語が聞こえてきた。イングリッシュ。
ガーナはイギリスに支配されていたためガンビアやナイジェリア同様英語が公用語なのである。ああなんと容易いのだろう。彼らの言っていることが理解できる。そして自分の言いたいことが伝えられる。
さようならフランス語圏及びフランス語。
そしてここで初めて、黄熱病予防接種の証明書、通称イエローカードの提示を求められた。ようやくこいつを有効に利用できる時がきた。わざわざ以前失くしたものをバンコクで再発行までしてもらって用意周到にしておいたのに、今まで一度も、イエローカードのイの字も求められなかったのだ。報われたよねイエローカードちゃん。
おまけに、係官から「コーラ代くれない?」と、彼らのお小遣い稼ぎ通称ワイロを求められた。ので、しょうがないな〜という笑みを浮かべて、バス移動用に買っておいたカシューナッツを少し分けてあげようとすると「あそれならいい。いらないわ。」と受取を拒否された。現金専門のようです。
無事入国をすませイミグレーションを出ると、さっきまでついてきていた「どこからともなく現れた男」が消えていたので、まあ、どこへともなく消えていったのだろうと、気にもとめずバス停へ。丁度あと一人の乗客待ちだったミニバスに乗り込むことができ、首都のアクラへ。
エアコン付きと大袈裟にプレートまで掲げていて、実際エアコンを付けてくれているのはいいのだが、ちょっと試してみようか?はい、窓あけたほうが断然涼しい。フレッシュな風が吹き込んでくるよね。なのに、
「窓しめておいてくれよ。外はトゥーホットだから。エアコンついてるし。」と窓を全開で運転しているドライバーに注意される。
これってまるで、「お前ふんどしぐらいちゃんと買えよな。」と言いながら自分は手ぬぐいを巻いている先輩相撲部員と同じじゃないか。
説得力がゼロという話です。
走り出して二時間を過ぎたころ、最終的に満場一致で「全ての窓を開けよう」と結論づいたのでよしとしよう。
四時間程でついにアクラに到着。ガーナ。日本人なら誰もが「チョコレート」と口走るであろう国。そんな国の首都は、なかなかでかかった。ざっくりした感想ですみません。
バスを降りるなり、目的地への道を尋ねる。「そこを左に曲がって、ずっと真っ直ぐ。というかタクシー使えば?」ああ・・・なんて簡単なのだろう。英語!!!
そして大荷物を背負って歩くこと約20分、目的の宿YMCAへ到着。そう、あの西城秀樹が世界的に経営しているヤングマン向けの宿。
宿泊者は皆会話をする際必ずギャランドゥをむき出しにしてがなりながら喋らなければならないというルールがあるとかないとかで、えとどのつまりそのようなルールは一切無い上に経営者は西城秀樹でもなく、キリスト教関係者なのだが、滞りなくチェックインをすませ部屋へ。
もちろん一番安いドミトリー。ハ、ハロー・・・。
宿泊者全員アフリカ人。ドアのカギは共有で一つしかなく、室内に個人用ロッカーはあるものの古びていて盗もうと思えば難なく盗めそうな雰囲気。
大丈夫ですかね??
しかも外観がきれいに見えたのでついつい三泊分もう払っちゃったじゃない・・・。仕方が無い。同じ部屋の人達に挨拶。
「ハロー。どっからきたの?」日本からです。「ジャパンかー!超発展してる国じゃんいいなー!」
普通ににこやかで人の良さそうな若者とおっちゃん達じゃないか。少し安心。ところで、シャワー浴びたいんだけど・・・。「あ、蛇口からは水出ないからバケツ持ってってタンクから水くまなきゃいけないよ。」がってん承知。
バケツを持って、ドアの無いシャワールームで水を浴び、すっきりすると、貴重品の類は全てリュックに詰め込み、後の荷物はロッカーに押し込み、辺りを散策しに出かける。
ううむ。歩く。歩く。歩く。YMCAの回りに、旅人が欲するような、商店や、インターネット、食堂といったものが一切無い。結構歩いてようやくインターネットカフェを見つけ、メールをチェック。
すると、マリのバマコで出会った日本人の友達が丁度アクラにいるという。早速携帯電話にかけて、待ち合わせ。
海沿いのハイストリートというハイな通りに面した大きな銀行の前に行くと、友達の姿を発見。すぐそばの海の見えるレストラン兼バーのようなところへ。一人じゃまず訪れない場所だ。
「男二人でこれってのもあれやけどなあ!」とあれこれ言いつつ乾杯。そしてバマコを発ったのちの互いの近況を報告し合う。
いやーバマコからアビジャンに行くバスがもう大変だったんですよー。
といかにも大変そうに、あの苦労が伝わるように若干大袈裟めに説明。すると「オレもなー大変やってんー。」と友達も苦労話を始めた。「昨日なクレジットカードすられてん。」
ええええええ!!!???
クレジットカードときくと他人事に思えないので(詳しくは、カンボジア日記を、ね。)それはもう大層驚いたそうな。
が、幸い一円も使われる前にカードをストップできて、再発行手続きも済んだようで安心。ソーセージを食べながら更に喋る喋る。
西アフリカを旅している者同士の、「久々に日本人を見つけて、久々に日本語で会話できる喜び」は一様に大きいようだ。ずっと伝えたいのに伝えられない思いをしてきたので、ここぞとばかりに喋るのだ。上沼恵美子とも今なら張り合える。
数時間に渡って、海沿いの、カップルが愛を囁きあっているバーで男二人喋り倒した挙句「眠たくなったなあ」を理由に解散。いい。じつにざっくりがっつりしていていいじゃないかこういうの。
しかもご馳走になってしまった。ソーセージなんて高級品を食べたのに!そもそもまともに肉を食べたのも久しぶりだ。
明日にはロメに向かう友達に別れを告げ、宿へ帰る。
部屋のアフリカン達と二、三話をし、ファンも無い中眠りにつく。
暑い!!!!!!!!!!!
予定は未定の真骨頂よ
翌日は朝から旅行会社を探し回る。このやたら長い、足掛け3年にも及ばんとする旅の本来の目的地、ウガンダ行きの航空券を手に入れるため。そう、西アフリカの旅もここガーナでついにお仕舞いなのだ。飛びます飛びま・・・。
アフリカもう大変だとかうんざりだとか言っておいて、こりずにウガンダに飛ぶ私。東アフリカへ行けば何かが変わると一縷の望みを抱いているのか。
「うーん、800ドルはするわねえ。ハイシーズンだし。」「1050ドルだ。直行便がないからね。」
高!何軒回っても掘り出し物的格安航空券が一向に現れない。例えばインドからスリランカに飛ぼうとした時は、見事にそれが現れてくれたおかげで、たったの6000円で飛べたのに。アフリカは何から何まで易しくない。
さらにインターネットで各航空会社のホームページをクリックしまくる。おや?旅行会社よりやはり安いじゃないか若干。ならもう、クリックでキメちゃおう。
あら?ちょっと待てよ?
ウガンダ近隣諸国行きの便も念のため調べてみよう。
するとウガンダの下のタンザニア、の下に位置する国マラウイ行きのチケットが、ウガンダ行きとほぼ同じ料金ではないですか。ところでマラウイってなあに?
そういえばこの間、友達が「マラウイ超いいよ!!」とゴリ押ししていたような・・・マラ・・・ウイだっけかな?
早速その友達に相談してみると、すぐさま「マラウイを逃してはならない。何としてでも行け。」との指令が返ってきた。
では、行きますね。
ポチっ。
予約しちゃった。マラウイだって。ボクはマラウイに行くそうです。今度こそ、2年半の月日を経てようやくウガンダに足を踏み入れることができると思っていたのに、マラウイだって。
本当にウガンダ行く気あるのか?
何はともあれ、ともは何あれ、これでとりあえず西アフリカに終止符を打つことができるのだ。かつては一番訪れたかった場所を、今は離れられる喜びで一杯だなんて、西アフリカが聞いたら怒りますよ。フンガ
命とは、一瞬で壊れるもの
フライトまで凡そ一週間あるので、暇つぶしにアクラから二時間程の距離に位置するケープコーストという町へバスで日帰りツアーを敢行してみる。
朝9時頃バス停へ行き、ミニバスが満員になるまで待ち結局11時に出発。ジャミポッドをききながら景色を眺める。
少しうとうとし始めた頃、バスが急にスピードを落とした。何ごとだろうと外をみやると、前方に人だかりが。どうやら交通事故のようだ。
ガーナ人は運転が荒いからなあなんて思っていると、地面に横たわる何かが目に飛び込んできた。
その何かのまわりだけ、アスファルトが赤く染まっている。そして布がかけられている。
血だ・・・。人だ・・・。女性だ・・・。
既に息を引き取っているらしい。今の今まで普通に、当たり前に生きていたはずなのに。ほんの数秒、そこを歩くのが遅かったら、ほんの数秒、どこかで立ち止まっていたら、事故に遭わずに済んだのに。
急に、生きていることが、血が巡り、体が動いていることが、とてつもないことなのだという気がした。生きているということは、いつでも死ぬ可能性があるということなのだ。
そんな事をぼうっと考えているうちに、ケープコーストに到着。気を取り直して町を散歩してみる。
ケープコーストというくらいだから、海が、ビーチがあるのだろう。南を目指す。におうぞ・・・魚(ウオ)臭い。ホシは近い。
発見砂浜及び海。思ったより綺麗ではないか。
ひとしきり歩き回ると、これ以上特に何もないと悟ってしまったので引き返す。教会や町の中心部を見学し、レストランでコーラを飲みながら休憩していると子供に「オレの分も買ってくれよ」とたかられ、オレンジではなく日本のみかんのような、まさにみかんを買ったりしているともう17時近くなったのでバス停に戻る。
アクラへ。一体何をしにここまで来たのかは不明だが、一日時間をつぶせたのでいいだろう。
二時間半かけて来た道を、二時間半かけて戻り、皆が一斉に降りたところでつられて降りると、町の中心からやや、いや結構離れたマーケットだったため、無駄に40分近く歩く羽目になった。
まじバカ!もー何しよん!くそが!あー腹立つ!
と自分の「つられて降りた」っぷりに腹を立て一人ぶつぶつと文句を言いながら歩いていたので、傍からみると割と「何あの極東人ちょっとヤバいわよ、近寄らないほうが身のためよ」だったに違いない。
〆に土産を買いに向かったらやっぱり疲れた
遂にガーナまで到達し、更に航空券も購入しほぼ全てやり遂げたかに見える西アフリカの旅。んが、あと一つだけやらなければならないことがあったのだ。
「アフリカの、ド派手な柄の服を手に入れる」
これはかなり重要な任務である。それを手に入れるためにはるばるやってきたと言ったら過言ではあるが、この任務を遂行せずには西アフリカを終えられない。
いざ行かん戦場(市場)へ。
セントラルアクラと呼ばれるまさに首都アクラの中心部のエリアのさらにど真ん中に構える巨大なマーケットへ一たび足を踏み入れると、
「アゴー、アゴー」
とガーナ人に謎の呪文を唱えられた。
上空からこの光景を捉えたらば、かなりの確率で蟻の巣か何かを連想させる、生理的に気持ち悪くなりそうな様子が映し出されそうなほど人がごった返す中を、えーどうしようどっち行こうなんて彷徨っていると、すぐに「アゴー、アゴー」なのだ。
どうやら「アゴー」とは、「どけ」「どいてよ」「どきな」「ちょっとどきなよ」といった意味合いの言葉らしい。
基本的に昼間は木陰で寝転んでいるような人々なのに、市場へくるとまるで渋谷のスクランブル交差点にさしかかった日本人よろしく急ぎ足勇み足。
渋谷ならボクだって行ったことある。スクランブル交差点もこなせる。
負けじと急ぎ足で奥へ。求めていたアフリカ柄の、「布」は沢山見つけられるのだが、布だけ手に入れても縫えやしないので、出来上がった服を探す。
「あっちのほうかしら。」「あっちのモールの二階行ってみな。」と教えられるまま二時間近く探し回るも見つからない。もう疲れた。とあきらめかけた時、布屋の男から有力な情報を入手した。
「アートセンターに行けばあるよ。」
引越し屋さん?ともかくそこへ。
中心部から少し歩いたところにそのアートセンターはあった。あちゃー。これはまさに、観光客向けの、観光客しか来ないような所じゃないか。
中へ入ったとたん「オーサカトキオー!コニチハー!ジャパンですか?」「ちょっと見るだけ見てみてー!こっちこっち!」見事に客引きにひっ捕まえられた。
「何を探してるんだ?」アフリカ柄の服を少々・・・「ノープロブレム!一杯あるよー!奥の店においてあるからいらっしゃい!」連行される。
ちょっと面倒なことになりそうだなんて思いつつも彼らの持ってくる品々を見てみると、中々良い柄を発見。ガーナ特有のギザギザど派手デザイン(このページのトップ画像参照)。格好いいじゃないか。数点選び、値段を尋ねる。
「160。」
はい?えーとそれは、円ですか。なら即買いですが、どうやら違うと。ガーナの通貨セディであると。こうおっしゃるわけですね?
およそ一万円。無理!!あほかお前は!こんなコットン生地の簡単な服が一体全体どうすれば一万円にもなりうるのだ!欧州じゃあるまいし!「じゃあいくらなら払えるんだ?」お決まりの交渉文句。
せめて20セディじゃないと買えない。「それは無理だ!これはヨーロピアンやアメリカンなら300セディって言ってるところなんだ。だけど君はあまりお金がないっていうからこの金額にしてあげてるんだからね!」
欧米人はそんな値段で果たして買っているのか?そうなのか?だとしたらいい迷惑だ。ろくに交渉もしないで「OKじゃあいただこうかしら」なんていって提示される金額を支払うような連中がいるからこいつらが調子に乗るのだ。
申し訳ないがそんな値段で買うことはできない。他をあたらせてもらうと告げて歩きだすと、「わかった!60でいいだろう!」一気に100下がったが、それでもまだ高いのですまないね。と歩き続ける。
「よし!じゃあもう、君の言う20ドルでいいよ!」
ドル?いつどこでドルが絡んできたのだ?私は20セディと言っていたのですが。「そんなこと言ってないぞ!20ドルならいいだろう!」と袋につめて渡してこようとするが、20ドルも無理なので、さようなら。
他の店をみてまわ・・・ろうとメインエリアへ入った瞬間、「こっち!見て行け!買え!」といわんばかりに腕を掴まれまたしても連行される。まるで犯罪者扱いだ。
なんなんだこいつらの接客態度は。さらに、服を探している旨を告げると「どれだ!?どれ買うんだ!これとこれか!?」押し売りをこえて脅迫に近い勢い。ふざけるな。お前みたいな礼儀のレの字もなっていない、野生動物みたいな奴から買いたい物なんて何もない。無視して先へ進もうとすると「gふぁshgkslさがsdkjfじゃjwdふぁ!!」と野生的な罵声を浴びせてきた。
それが客に対する態度かと。自分が客の立場だとして、お前みたいな奴から買いたいと思うのか考えてみろと。
腹が立ち、購買意欲を一気に失ってしまい、何も買わずにアートセンターを後にする。何なんだあれは。接客に対する意識が、日本人は他国より高すぎるという点を抜きにしても、あれは酷い。醜い。誰一人として買わないだろう。
またしても、ボケカスが。あいついっぺん死んでこい!あー腹立つ!!!
と一人ぶつぶつ文句を言いながら歩く。あいつらにカメハメ波をお見舞いしてやりたい思いで一杯だ。日本人をなめるとカメハメ波を喰らわされるんだぞ!
出せないけど・・・。
イライラするのは腹が立っているからじゃなくてきっと腹が減っているからだ。そう思い、アクラに着いてから毎晩通っているレストランへ向かう。
おそらく西アフリカで訪れた安いレストランの中で一番、清潔で、素早くて、値段も手ごろで、管理の行き届いた場所だろう、と思わずにはいられないほど素敵なのだ。その名もCHAMPION'S DISH。あなたはチャンピオン。
メニューはというと、あのトーゴで食べたおぞましきローカル料理「フフ」に近い「ケンケ」とよばれるものと、ジョロフライスという味付けご飯、そして中華風炒飯にフライドチキンや魚、サラダという至ってシンプルなものだけだけれど、この炒飯がとてつもなく旨いのだ。
そもそも西アフリカで、中華料理屋に行かずして炒飯を食べられるなんて思ってもみなかったのでそれだけでも感動的なのに、一皿1セディ(約62円)というお手頃価格。
さあ、今宵もいただきましょう。炒飯をひとつよろしく。
「あら、さっき売り切れちゃったみたい。」
〜追い討ち〜
弱っている者にさらに打撃を与えること。大辞林より
これは、俗に言う、OIUCHIですか?
アートセンターで疲れ、弱りきってしまったボクを今癒すことができるのは、炒飯だけなのに、「売り切れちゃったみたい。」
仕方が無いので、一日に一本までしか飲むことを許されていない贅沢品「ファンタ」を二本飲むことを許可した。
でもやっぱりこの心の穴は炒飯しか埋められないよ・・・。
もうひとつの再会。アクラ、ガーナそして西アフリカよさらば
よっぽど、もう任務を諦めようかと考えたが、この機会を逃すとおそらく二度とガーナでアフリカの服を買う、なんてことはできなさそうなので、思い切って今一度アートセンターへと向かい、素早い足取りで鬱陶しい連中をすり抜け、割と愛想の良さそうな奴をみつけそこで数点選び、交渉を重ね、
合計5着を55セディ(約3400円)で買い上げた。
終わった・・・一番気に入った柄を手に入れられたかと言われれば必ずしもそうではないが、それでも中々イカしたギザギザデザインだ。
買い物って、もっと気軽に楽しむべきものなのに、何をこんなに体力を消耗しているのだろう。まあいい、終わったのだ・・・。
気がつけば部屋にコンセントもファンもなくて不便この上ないYMCAにもう既に6泊もしていた。人間、どういった環境でもいつかは慣れるものなのです。
いよいよフライトを二日後に控えた日、最後ぐらいコンセントとファンのある部屋に泊まってもバチは当たらないだろうと他の宿を探しに出かけようとしていると、ブルキナファソで出会った日本人の友達カツさんにばったり再会した。
「いやー大変だったよ・・・。」とこの間再会した友達の時と同じように互いの近況を報告しあう。いやーバマコからアビジャンのバスが大変だったんですよー。とまたしてもいかにも大変そうに移動の苦労話をきかせる。
「いや、俺ね、マラリアかかっちゃったんだよー。相当きつかったよ。」
マラ!!!!!!リア!?
何だ皆、ボクなんかよりずっと苦労しているじゃないか。バス待ち30時間なんて朝飯前といったところじゃないか。マラリアらしき症状が現れてもすぐに病院に行ったりという対処をしなかったため、最終的に幻覚をみるほど悪化したらしい。
病院行こうよ!!!
幻覚がみえるということは、もう体が痛みや苦しみに耐え切れず、「意識とばしちゃいまーす」と、治癒活動を放棄したということではないのか?そこまで放っておくなんて、なんという危険人物!!
幸いもう回復したらしいが、「もうアフリカいいや。とりあえず黒人がいないとこ行きたい・・・」と、別の宿を探した足でそのままエチオピア航空のオフィスへ向かい、バンコク行きチケットを即決で購入していた。
互いに西アフリカを終えられる喜びをかみ締め、例のレストランで炒飯をかみ締め、最後の二日間を過ごす。
もう、何をするにもいちいち歩かなければならないこの町とも、そして西アフリカともお別れだ。
飛び級でセレブに昇格した夜
12月23日。二日後に飛ぶカツさんにお先に失礼しますと別れを告げ、クリスマスを前に意気揚々としたクリスチャンの人々を尻目に空港へ向かう。いよいよだ。
予想していたよりはるかに大きく、小奇麗な空港にいちいち感銘を受け、チェックイン。勢いそのままにイミグレーションへ。
係官と小話をするほど心に余裕がある今の私。そうです。嬉しいんです。ついに終えられるんです。
手元に残った小額のガーナセディをアイスクリーム代に使い、出発ゲートで待機。
搭乗時間がやってきた。ああもう・・・幸せです。だから、
「本日のフライト、急遽テクニカルランディングのためラゴスに立ち寄ることになりましたご了承下さい。」
とナイジェリアのラゴスに立ち寄らなければならなくなった旨を聞かされても機嫌一つ損ねず、むしろナイジェリア寄れてラッキーじゃんオレ?などとポジティブ解釈したりする。
随分空席があるようで、自由に席を選ぶことができた。一人で三席も陣取り、ついに離陸!!
機体が安定するなりスナックとドリンクのサービス。パインジュースなんて高級品を惜しげもなく注いでくれるキャビンアテンダントのあなたよありがとう。
一時間弱でラゴスに到着し、40分程メンテナンスかなにかをすると、再び離陸!!!
そして待ちに待った・・・機内食のお時間です。
「ビーフチキンフィッシュ?」チキンで!!!!
果たしてエチオピア航空の機内食はいかがなものか。オープン。
キャーーーー!!チキンだーーーー!!久しくチキンそのものを口にしていなかったのでそれだけで大興奮。ライスとチキン、サラダにパン、チーズ、クラッカー、おまけにチョコケーキ。
食後にコーフィー・・・。
だ、大丈夫ですか!?こんなに贅沢して・・・私後で、訴えられたりしません?ずっと質素倹約な生活をしてきたので、日本にいれば普通な物事が、とてつもない贅沢に思えてしまい、若干怖い。
その怖ろしさを更に駆り立てる出来事が今夜起ころうとは・・・知る由もなく、腹を満たし、三席使って寝転びごろごろすること数時間。
現地時刻にて21時50分。遂に目的地アディスアベバに到着。
ん?マラウイの首都リロングウェでなくて?ええ。実をいうと、アクラからリロングウェ行きの直行便はなく、一度エチオピアの首都アディスアベバに向かい、そこで乗り継いでからリロングウェなのだ。
そしてその乗り継ぎ便は翌朝9時45分発。10時間以上あるが、大した問題ではない。空港のベンチで夜を明かすのは得意分野だ。
さあて、アディスアベバ、どのぐらい小さな空港なのだろう。ベンチの一つや二つ置いてあるといいのだけれど・・・
なんてふざけた考えを持っていた自分のなめた発言。それこそ訴えられてもおかしくないですよ。というほど・・・なんだこの空港は・・・
でかい!!!!
しかも、江戸の若者風に薄っぺらくなおかつ分かりやすく説明すると、「チョーキレエ!!」
飛行機を降りそのままトランジット用のゲートへ並ぶ。この分ならベンチも豊富にあるだろうし、ぐっすり眠れそうだ。
リロングウェ行きのチケットをスタッフに見せる。と、「明朝の便ですね?では下のイミグレーションの方へどうぞ。」は?イミグレーションって・・・わしゃ一回出国せにゃならんのですかい!?
そんな面倒臭い話があってなるものか!?言われるまま下へ降りると、「VISA ARRIVAL」とかかれたところに並ぶ人々。そしてそのうちの、英語を話すアフリカ人女性が、「一体どうなってるの!?あたしたちは明日の朝の便を待つだけなのに、なんで15ドルも払わなきゃならないのよ!おかしいじゃないの!!」と声を荒げているのが聞こえた。
もしや・・・乗り継ぎ便を待つだけなのにわざわざ出国するだけでは事足りず、トランジットビザ代まで支払わなければならないとかいうふざけたオチか!!!?
その女性の話をちらっと聞いただけなので不確かだが、もしそうだとすれば女性と共に抗議するべきだろう。
などと列に並びつつ考えていると、スタッフがやってきて、「パスポートと航空券を。」と尋ねてきたので、ボクは乗り継ぎ便を待つだけなのですが、もしかしてビザ代か何かを支払わなければならないのですか?と尋ね返す。
「いいえ。これはホテルバウチャーを差し上げるためのものです。ご心配なく。」
ほてるばうちゃあ?
何だろう。クーポン券か何かですか?次回お越しの際40%引き!のような?
「お客様には本日私どもが用意したホテルにお泊りいただきます。」
動悸・息切れに救心っ
救心下さい!動悸息切れで私もう・・・ホテル支給だなんてそんな・・・
それあなた本当ですか?わたし大丈夫ですか?ゴルゴ13とかに狙撃されたりしませんか?これは国際的組織による極東人抹殺のための罠ではないですか?
「ご安心ください。」
空港が予想をはるかに上回る規模だっただけでも充分すぎるほどだったのに、運良くちょっと長めのベンチが見つけられればいいかな〜なんて踏んでいたのに、
ホテルにお泊りいただきます
お分かりいただけるだろうか。西アフリカに突入してからこれまでの私の生活水準がどの程度のものだったかを。そしてそういう状態で突然ホテルを支給された瞬間のこの興奮度の高さを。
イミグレーションにて無料で半日のトランジットビザをもらい、出国。エチオピア半日の旅へ。
上等な送迎バスに乗せて「いただき」、少し離れた場所にあるMELKA HOTELという、ビジネスホテルへ。エチオピア・・・後々訪れる予定だった国に不意に来ちゃった。これがエチオピア・・・・暗くて何も見えない。
到着。これは紛れも無く「ホテル」だ・・・。レセプションにて部屋の鍵を「いただく」。
「ディナーの用意ができておりますので、あちらのレストランへどうぞ。」
なんという待遇・・・時刻は既に深夜0時を回っていて、正直あまり空腹でもないが、もらえるものはもらっておくというのが我が家の家訓なので、喜び勇んでレストランへ。
もうここまできちゃうと、ホテルバウチャーなる用紙のボクの国籍欄に「マラウイ人」とプリントされていたことなんて全くもって気にならない!
サラダとビーフとライスをがっつり「いただいて」、いざ部屋へ。401号室へ。
エ、エレベーターだよー!!自力で上がらなくてもいいよ!!!いちいち感動する。
ガチャ。神妙な面持ちで部屋を開ける。
わあ〜あ。シンプルだが清潔な「ダブル」ベッド。そしてシャワールームがあるよー!!!トイレの度に部屋を出てカギを閉めたりしなくていいんだよ!!!
興奮のあまり、ベッドの上で両手両足を天井に向かって広げて寝転ぶ自分の姿を「セルフタイマー」で撮影する。時刻は既に深夜1時。
しかし寒い。ガーナから飛んできたものだからなんとなくエチオピアも暑いものだとイメージしていたらば、普通に冬だ。シャワーどうしよう・・・せっかくだから浴びようか。
ホットシャワーやんけーー!!!!!!
何の疑いもなく水シャワーだと思い込んでいた自分が恥ずかしい!ここはホテルなんです!ホットなウォーターでるんです!!!
ようやく落ち着きを取り戻しベッドに入ったのは2時を回った頃であった。エチオピア航空なめててすみませんでした。そしてありがとう。
一時の体験セレブを終え、現実に帰ってゆく
早朝6時、ウェイクアップコールで目を覚まし、というか興奮しすぎてほとんど寝られなかったのだが、顔を「ホットウォーター」で洗い、階下のレストランへ。
「おはようございます。朝食の用意ができております。」
バイキング形式で、パン、オートミールのような物体、スクランブルエッグ、シリアル、それからコーヒーを「いただく」。
卵なんて高級品を惜しげもなくスクランブルした料理を朝から食べられるなんて。まだまだ奇跡は終わらない。
ぺろりとたいらげ、送迎バスがやってきたので乗せて「いただき」、再び空港へと向かう。町行く人々を観察。エチオピア人は、ブラックアフリカンではあるけれど、今まで見てきた人々とはどこか顔立ちが違って見える。
また後ほどやってまいりますのでよろしくどうぞ。
イミグレーションを通過し、出発ゲートへ。近くの免税店でお決まりの香水コーナーへ足を踏み入れ、ここぞとばかりにグッチの香水をふりまく。ますますセレブ。
セレブはそもそも免税店の試供用香水なんてふらない。
9時40分、遂に搭乗案内のアナウンスが。いざリロングウェへ。
アクラからの便とはうってかわって機内は満席。12Aなのに13Aに座ってしまうという凡ミスをおかしつつも、「私はこっちでも問題ないですよ。」と欧米人のマダムに12Aに座ってもらい万事オウケイ。
離陸!前回同様、機体が安定しシートベルトサインが消えると同時に、スナックとドリンクがサービスされる。
昨夜興奮しすぎて寝られなかったため、唐突に眠気に襲われ仮眠をとっていると、思ったよりも随分早く機内食がやってきた。
眠いので結構です。なんて紳士的なセリフは吐くわけもなくぱっちり目覚め、今度はフィッシュをいただく。
うーん今度も美味です。ぺろりとたいらげ・・・
しまった・・・・痛い・・・・
うんこ・・・・出たい・・・・
なんたる不覚!機内食が始まってしまうと、食後のコーヒー、ティー、それから空いた食器の回収が終わるまで身動きがとれないというのに!このタイミングで便意!!
セレブは機内食前にしっかり済ましておくもの。
ぬかった。調子に乗った。やっぱりボクはセレブになんてなりきれないんだ・・・。
意識を便意から遠ざけるべく機内ラジオのヒーリングミュージックチャンネルを聴いたりして、どうにか持ちこたえる。
セーフです。食器が回収されるなりすぐさまエクスキューズミーと席を立ち、はけ口へ。
そんなプチアクシデントにひんやりしつつも飛行機は順調に飛び続け、ルブンバシへ到着。
ここ、コンゴです。
そう、今度はコンゴ経由のリロングウェ行きだったのだ。これも通常なら、普通の人なら「もう煩わしいわね」なんて思うのだろうが、ボクはラッキーコンゴも行ったって言えるじゃんこれで。と喜ぶ始末。
30分ほど乗客の乗り降りがあったのち、ついに、いよいよ、ようやく、もれなくリロングウェへ。
ほんの一時間弱のフライトにもかかわらず、ドリンクをサービスしてくれたキャビンアテンダントのあなたよ改めてありがとう。
機体が高度を下げるなりみえてきたマラウイの景色・・・やけに緑が濃い印象を受ける。
東アフリカの旅がここから始まるのだ。久しく忘れていたドキドキを覚え、嬉しくなる。
そして着陸!!!!
んん?緑が濃かったのはいいのだけれど、町らしきものが一切見えなかったのは気のせいかしら?東アフリカどうなるのかしら。
マラウイ日記へ
ガーナ(2009年12月15日〜12月23日)