罠わなワナ

想一年強、会社をやめアパートも引き払い晴れて住所不定無職に成り下がった僕は、出国前の一ヶ月をピンクレディ並みに怒涛のハードスケジュールでこなしたため、何がなんだかよくわからないまま気がつけば飛行機の中にいた。

これからしばらく日本に帰らないなんて。実感がわかない。わかないけれどもこれからはほんの少しの気のゆるみがとんでもないことになりかねないから、気だけは引き締めていかねば。そう密かになんとなく気を引き締めていた折、デキる男のマストアイテム「機内食」がやってきた。

至極クールにそれを受け取り、ボナペティ。優雅にいただこうとサラダにドレッシングをかけたら、あれ。全然サラダになじまない。dressingが。目をこらし見てみると、ドレッシングオンザラップ。こんなところにもトラップが。これから迫りくる世界のトラップにひっかかってはならないという警鐘なのかもしれない・・・改めて気を引き締めなおし、ぺろりとそれをたいらげたのであった。

長旅に仕度はつきもの

深夜、タイ国際空港に到着、安宿街のカオサン行きバスが終了していたため一日目から空港のベンチで寝る羽目になったのは幸先がいいということにしておいて、翌朝のバスでたどり着くと適当な宿にチェックインし、とりあえずごろんして(一時間程寝るの意)それから各種予防注射をぶっ刺すために赤十字病院へ。

病院行きのバスはどれかとそこらへんにいた警察官にきいたら「44番だ。」といわれたので44番バスに乗って、念のためバスのガチャマン(切符をガチャガチャする集金係の意)に病院にいきたい旨を告げ、しばらく進む。しばらく進む。

・・・ぇ終点。ここはチャトゥチャック。ウィークエンドにはウィークエンドマーケットというマーケットが開かれにぎわう場所チャトゥチャック。確か僕が行きたかったのは赤十字病院で、平日ど真ん中に開いてもいないマーケット前でおろされてもきっと楽しくないしえーと・・・

地下鉄に乗り換え無駄足無駄金の末ようやく病院へ。

日本よりもはるかに安く予防接種が受けられることを下調べの結果知っていた賢くて貧乏性な僕は、「刺すなら今っ★」お得感に胸がふくらみ、B型肝炎のための血液検査、狂犬病、黄熱病の予防注射を一気にブス。っと刺して少し左腕に鈍い痛みを感じつつもなんだかやり遂げた気がして宿に戻り、昼寝などして屋台で晩飯をかっくらっているととある日本人の女性と出会い、「毎朝ワットポー(なんかでっかい寺)でタイ式ヨガやってるの。タダだし、終わったあとお茶もらえるし来ればいいよ。」と誘われる。タダという言葉のその小気味良さに、翌朝のヨガを決心し、宿へ帰り就寝。

タイ式ヨガを甘くみる

そういえばこんな長旅に出たっていうのに時計の類を何一つもっていなかったことに寝坊して起きた今朝たったいま気づいた僕はあわててワットポー(なんかでっかい寺)へ向かう。

昨日の女性は既にヨガを始めている。さりげなくそのヨガ集団にジョインし見よう見真似でやってみる。痛いではないですか。前屈で両手が床につかない僕にその、その謎のポーズは痛いに決まっている。

涼しい顔でやってのける先生はきっと毎日お酢を飲んで体をやわらかくしてそんで「あたし箱入り娘よ」とかいって友達の前で箱に入ってみせたりしてるちょっとオカシな人で床に両手がつかない僕のほうが普通なんだ。とデキない自分を心の中でなぐさめたりしながら励むこと30分。

ようやくやり終えたときにはもうだせアックアク。あ汗だっくだく。そこですかさずお茶をくれる先生。アメとムチのなんたるかを心得ている。そのお茶のちべたくておいちいこと。朝っぱらからヘルシーな輩だぜ。

それから宿へ一旦戻り、シャワーを浴び街でぶっかけ飯とマンゴーシェイクをいただく。ところでこのシェイク文化、何故もっと日本に広まらないのだろうか?材料:くだもの、氷、シロップ、それからほんの少しの愛、たったこれだけのものをミキサーでめったんこにミックスするだけであっという間に夢のような飲み物が出来上がるっていうのに何故。

ストイックなまでに喉を渇かせておいてトドメにこのシェイクを飲むというのが今後しばらくの習慣になったことは言うまでもない。

それからまたしても病院へ。昨日行ったばかりなのに持ち前の方向音痴っぷりをイカンなく発揮し、同じように44番バスに乗り同じように終点チャトゥチャックへ赴き、同じように地下鉄に乗り換えどうにかこうにかたどり着いたことはこの際秘密に。

さて、昨日のB型肝炎の血液検査の結果ネガティブと出たため今日はA型とB型肝炎の予防注射をセットで。セット価格で。1150バーツでございます。えー!高いやんさー・・・。しぶしぶ支払い今日もぶっすり。

うへ、うへへ。たまんねえなぁ。次は来週、狂犬病の二度目の注射。ここから決死のバンコクで暇つぶし作戦が始まるのである。一週間って結構長い。

遂行!つぶしなさい暇を

作戦1:まず毎朝のワットポー(なんかでっかくて仏様が寝転がったりしている寺)でのタイ式ヨガを日課にし、お酢を飲まなくたってやわらかくなってみせるんだから私、と自分を励ます。

作戦2:バスじゃなくてたまには船にも乗っちゃおうぜ!と意気込んで乗り込み、行き先がわからないのでとりあえず乗りっぱなしていると、対岸へむかい、戻ってきただけであったというクルージングツアーを楽しむ。無駄足無駄金が私のモットー。

作戦3:カオサン近くの公園で夕方6時から催されるエアロビクス大会に、多少恥じらいながら参加する。多少恥じらっているところがこの上なく気持ち悪いのは周知の事実。

作戦4:沖縄県民でもないのに沖縄アピールで持ってきた三線を公園で練習。していると誰かに盗撮される。「スミマセン」謎のタイ人に日本語で話しかけられ、撮られることに一種の快感を覚えた僕はなすがまま。撮られる。「ワタシレックさんデス」ラーメン屋の店主だったようだ。

作戦5:そのラーメン屋の店主が営む「レックさんラーメン」という店へ向かい、定食を食べる。店名に何のひねりもないことはそっとしておいて、そっとずらりとならんだ本棚に目をやると、奇跡の再会。こんな遠い地で再び逢えるなんて・・・稲中!!田中に胸躍らせ一人爆笑する。

作戦6:ヨガで出会ったタイ人女性が通うマッサージスクールにもぐりこみ、もまれ役に徹する。サバーイ(気持ちひい・・・)。

作戦7:タリンチャンという町の水上マーケットへ行ってみる。ボートであちこち巡り、可憐に咲き誇るランの花々をチラ見し、突如とまったボートからこれまた突如川に向かって食パンを一心不乱に投げ込むタイ人客を見てびびる。その数秒後「んむっぐ」という擬態語がぴったりなほどんむっぐと口をぱくつかせながら食パンに群がるナマズ数百匹をみてさらにびびる。おえー

作戦8:体調をくずす。

以上8項目にも及ぶ数々の作戦、試練を乗り越えようやく一週間後、二度目の狂犬病予防注射をぶっす。「なんかもう・・・めんどくさ」くなりこれを最後に予防接種をやめにする。

大枚はたいてぶっさした今までの注射って一体・・・とかそういうことへのもったいなさとかは感じないほどのめんどくさがり。なんて奴。この夜、いろんな人から「いいよ」と聞かされていた街チェンマイへバスで向かう。

割と穏やかな日々

車中で日本人の男性と知り合い、チェンマイへ到着した翌朝ともに宿を探す。クーラーがんがんのバスで冷えた腹が踊りに踊って、今にももれそうなウーンコー(大きいほうの意)を必死で我慢してどうにか安い宿をみつけチェックイン。

家族経営らしいこの宿は皆愛想がよくフレンドリー。でも今はそれどころじゃ・・・微笑みで宿の人たちをかわしてトイレへ。僕、生きてる・・・。無事生還したあと適当に近所を歩いてまわり、トゥクトゥクでワットウモーンという森の中にある寺へいってみる。

なるほど、森の中にありました。

満足した僕は宿に帰り、ヒッピーなオーストラリア人親子の子のほう(名をケダンという)に簡単な日本語を教え(アナタ、アタマオカシクナッタンジャナイノ!?という長文などにもトライ)、ノートに漢字で気男(ケダン)と書いてやり、これはなエナジーボーイて意味やで自分。と説く。11歳のケダンはたいそう喜び「エナジーボーーーゥイ!」と叫んだそうな。そしてまた何故か体調をくずし悪寒に震え眠る。

警察呼んで!!!!

自分の寝言で目をさますとはなにごとか。泥棒に入られる夢みて「警察呼んで」とはなにごとか。そのまんまじゃないか。しかし、旅に出てからというもの毎夜何かしらの夢をみる。大量に。きっと脳味噌が熟睡できずにいるのだ。

この日は一日ぐだぐだしてぷらぷらしてシェイクを飲み、屋台でうまい飯を食い、そしてUSBケーブルをなくす。これから僕どうやって画像をとりこめばいいの・・・

翌日決死のUSBケーブル捜索。自転車を借り前日の屋台近辺をしらみつぶし。見つかるはずもなく、もうめんどくさくなり(悪い癖)、スーパーマーケット好きな僕をくすぐる「近くにカルフールがあるよ」というステキな情報をキャッチし、宿の娘ニムにカルフールまでの道のりをきくと「遠いからのっけてってあげるわよ」うっほ。

生意気な弟も連れスクーターに3ケツで向かうことに。ノーヘルの気持ちよさったら。到着。テスコじゃん。まあ、カルフールもテスコも巨大なことに変わりはないので浮き足立つ。「何買うのよ」え、ええと、洗剤をひとつ・・・。洗剤をひとつ買うためにこんな巨大なスーパーへひっぱりだされたニムとその弟。ごめんちゃい。

が、きくと今日はもひとつ下のガキの誕生パーティだとか。じゃあ、買いましょうよプレゼント。ということでTシャツと短パンそれからプーさんクッキーを購入し宿へ戻る。するとさりげなく娘ニムが「これあんたの?」と差し出してきたのは灰色の、線。はっっっっ!!!ユー!エス!ビー!ケーブルやんか!!!パソコンの横に置き忘れていただけだなんていまさら言えない。毎度お騒がせします。

夜、気がつくと始まっていた誕生パーティにそれとなく乱入しご馳走をご馳走になる。天ぷら風ななにかや、えびせんみたいなお菓子や、グリーンカレー。どれもウマい。あら、この春雨の和え物みたいなヤツ、おいしそうやないの。パクっ。

ペーーーーー(タイ語で辛い)!!!!ここへきてタイ料理が本領発揮しやがったのです。辛い。おすまし顔で食べてるそこの娘、あんた舌がもうバカになってんじゃないの?ベロベロバーなんじゃないの?おすましてられませんよこの辛さ。冷静さを取り戻すのに多少の時間を要したのち主役のガキっ子にプレゼントを渡す。うんそれなりに喜んでいただけたようで。ヒッピーのオージーが片手に担いで持ってきた三輪車にはかなわなかったようで・・・。

翌日はほぼ一日ブタブタして(食っちゃ寝してなまけているようす)、散歩へでかけたら近所にやたらでかい遺跡みたいなものがあったことに今さら気づいたりなどする。夜、宿が同じな日本人のサトシさんと髪のひとつでも刈ろうということになり、オージー息子のケダンと3人、部屋でバリカンをコンセントに差し込んだその時

どっかん

見事にバリカン爆発。結局太古の昔から使われてきたであろうアナログ髪切り機器、はさみをもってして執り行うことに。僕、サトシさんと順調に切りおわった頃、宿のおばちゃんが乱入、ケダンの髪を切る。いいじゃんいいじゃん、中々いいじゃないおばちゃ・・・

ん?N?そのモミアゲ・・・及びモミアゲ周辺事情・・・完全にかりあげクン!!悪いけど超面白いよケダン・・・ぼふっ!う、うん!ええ感じやで!ぎゃははは!爆笑。ごめんよ大人げなくて。

夜はオージー親父とサトシさんと三人でダーツ大会。明日はいよいよラオスに向かうというのに、夜中の1時までダーツに燃えてしまう。だってダーツ投げる時毎回親父が「さあ次はジャパンからきたジャミラだ、さあてここで得点しないと後がないぞどうする!」といった具合にちょっと興奮気味な実況のアナウンサーみたいな真似するんだもの。

微笑みの国に別れを告げる

案の定寝坊して起床、荷造りをすませ朝食をいただきながら三線をみせたりしてなんだかゆるくいい感じに盛り上がっていたら迎えのバスが来て、慌てて宿のみんなやオージー親子にお別れをし、出発。2、3時間走り国境近くの町チェンコンへ到着。サトシさんとそれからバスで出会った日本人の女の子、サリーと3人でイミグレの用紙へ記入をすませ・・・メコン川を隔てた向こうに思いを馳せる。こっちはタイであっちはラオス!

いよいよ人生初の国境陸路(水路)越えを試みるのであった。ようし!試みるぞ!



タイ(2007年3月6日〜3月18日)

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